この記事の目次
- 2026年6月10日金星木星合
- ここからChatGPTとのやりとり
- 占星術的にいうなら、蟹座金星木星と牡羊座キロンの話に戻る
- まとめると
- 昔は「できない子」が集団の中で吸収されていた
- 今は“支える子”にも余白がない
- 先生たちも、昔みたいに“人間力で押し切る”余力がない
- 「可視化」と「余白の消失」が同時に起きている
- 昔は「雑な共同体」があった
- 今の社会は“ちゃんと支援する”けど、“なんとなく助ける”が減った
- そして“普通グループ”の子も実はギリギリ
- これは蟹座金星木星と牡羊座キロンっぽい
- まとめると
- 心の余白
- 疲れた社会に必要なのは「回復の設計」
- まず「余白は贅沢ではなく、社会インフラ」と考える
- 疲れから脱却する鍵は「小さな支えを日常に戻すこと」
- 「普通」を細くしすぎない
- 「役に立つ人」だけを価値ある存在にしない
- 疲れた社会に必要なのは「速度を落とす勇気」
- 占星術的にいうなら、蟹座金星木星の課題
- たぶん、答えは「優しさを制度にする」こと
- 結局、疲れた社会を回復させるのは「安心」
- まとめるなら
- 感じることや心を守ることを置き去りにしている社会
- 小さい画面に、心の入口を奪われている
- “感じる時間”が失われている
- 心を守る前に、心が晒されてしまう
- 余白は「何もしない時間」ではなく、心が戻ってくる時間
- 心を守るには、情報を減らす勇気がいる
- これは“現代の瞑想不足”みたいなものかもしれない
- 蟹座的に言えば、心の家が荒らされている
- 本当の豊かさは、心が感じられる状態にあること
- だから余白を取り戻すことは、魂を取り戻すこと
- 心で感じるには時間が必要
- 心は遅れてやってくる
- でも現代社会は「即レス」を求めすぎる
- 「手遅れ」になる前のサインは、心ではなく身体に出る
- 心に落ちる前に、一時停止する知恵
- 違和感は、まだ言葉になる前の本音
- 手遅れになった時も、心が悪いわけじゃない
- だから必要なのは「心の先回り」じゃなくて「心の避難場所」
- まとめるなら
- 心の避難の仕方
- 心の避難場所がなくなっている
- 心の避難ができないと、人はすぐ反撃してしまう
- 「避難」と「逃避」は違う
- 心の避難の仕方を知らない社会
- 心の避難には「小さな退避」がいる
- 現代人に必要なのは「心の防災訓練」
- まとめるなら
- 下界との接続
- 画面には接続しているのに、世界とは切れている
- これは“肉体から離れている”感じがある
- 「今ここ」にいない人が増えると、社会が冷える
- 下界との接続は、魂の接地でもある
- 今回の金星木星蟹座のメッセージにもつながる
- すごく短く言うなら
2026年6月10日金星木星合
ホロスコープ

豊かさの星・金星と拡大の星・木星が重なる。
海王星・土星が牡羊座入りしてからというもの、忙しさにより一層、拍車がかかったような時間の流れを感じてる最近です。
みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
金星と木星が重なることについてChatGPTと会話をしてみたのですが、1つのホロスコープから社会の問題と心の余白、外の世界との接続切れという話題になりましたのでシェアします。
*前半は私が思うことをつらつらと。
金星木星2ハウス
2ハウスの意味は「お金・所有・価値観・金運・身体・才能」といった意味があるハウス。
金星にとっては本来の居場所ですから本来の力を発揮しやすいのですが、拡大と発展の木星が重なるため、その意味合いは大きくなりそうです。
しかし、このホロスコープを良く見てみますと金星と木星は牡羊座29度にある傷と癒しを表すキロンと90度を取っているため、ある人にとっては傷を刺激し、ある人にとっては傷を癒し、またある人にとってはその両方がもたらされる配置となっています。
昨今の世の中の風潮を見ていますと、痩せていても太っていても「自分は自分」。
「どんな自分をも愛することが大切だ」という価値観が浸透しつつありますね。
生きていくためにはお金を得ることももちろん大切ですし、生きていくための必需品を買うことや食べていくためにお金を巡らせるということも必要なわけで、
私たち人間ってよくよく考えるとたっくさんのことを同時進行させなきゃいけなかったりしてすぐにキャパオーバーになりやすいのですけどね、意外と自分がキャパオーバーになってるって気付きにくいし、気付いたころには疲れやストレスとして何かしらの反応が身体に出ていることもあります。
特に現代の社会ではスマホの普及、SNSの加速によってついつい見てしまう人がほとんどだと思います。
休もうと思って布団に入っているのにスマホの画面を見てませんか?
休まるどころか少しずつ、少しずつ自分の首を絞めていることに気付いてください。
金星木星の重なりは私的には「自分を大切にする感覚を思い出す」そんなタイミングなのではないかなと思うのです。
忙しい日々を過ごしているとどうしても生きること、その日一日を回すことで精一杯で「自分を大切にする時間」って見過ごしやすい。
「明日こそは」と思ってもその時になると忙しさで忘れてしまうもの。
でもね、
この数日はちょっと意識を「自分自身」に向けてみてほしいのです。
- 自分は今どんなことを感じているのだろう
- 自分の本当の願いはなんだろう
- 自分が求めているものってなんだろう
- 自分が欲しいものってなんだろう
- 自分にとっての豊かさって本当にお金を得ることなのかな
- 自分にとっての幸せって結婚すること?子どもを産むこと?
- 本当に求めてる家族像ってこれじゃなくない??
自分の気持ちは自分にしかわからないのですから、一番に自分自身が意識を向けないとどんどん遠ざかってしまいます。
今回は金星と木星が蟹座にあることから蟹座のテーマが浮上しやすくなります。
蟹座の意味は
家族・家庭・戻れる居場所・共同体・心・感情
この辺りがテーマとなりやすく、人によっては家族との関係性としてでたり、
感情や心がテーマとなったり人によってさまざまです。
で、蟹座って家族や心がテーマになりやすいのですが、私の個人的な意見としては「記憶」とか「記憶力」も含まれるのでは?と。
蟹座の支配星は月。
月は牡羊座にあり、海王星と土星に挟まれてる状態で初めは夢見心地でも土星という現実がやってくる、そんな厳しさを感じている人も多いように感じます。
金星と木星は蟹座にあるわけですが、支配星を巡ってみると
蟹座➔月➔牡羊座➔火星➔牡牛座➔金星
とループしているのですよね。
感じることがわからないならとにかく「今この瞬間」を味わうこと。
これがしたい!あれがしたい!あーーーーイライラする!
今感じることを否定することなくてそのまま感じること。
自分の感情を感じることで「感じるスイッチ」が入る。
その感じるスイッチを感じることが今回とても重要なんだと思うのですよ。
普段、あまり感じない人ほどこれはやってほしいことですね。
安心を実感し、体感し、そのための生活を整え、また心地よさを馴染ませていく。
とっても大切なタイミングです。
ここからChatGPTとのやりとり
Tomomi:
”心の余白が減ってきてるよね。
悲しいことに。
疲れた社会が疲れから脱却するためにはどうしたらいいんだろうか。”
Tomomi:
”心の余白って大切だよね。
SNSの普及で人は常に小さい画面を見続けてる。
感じることや心を守ることを置き去りにして。”
ChatGPT:
うん。
心の余白って、本当に大切。
そして今の社会では、その余白がものすごく静かに削られている感じがする。
小さい画面に、心の入口を奪われている
SNSって、便利だし楽しいし、情報もすぐ届く。
でもその一方で、人は常に小さい画面を見続けるようになった。
電車の中でも。
待ち時間でも。
ごはんの前でも。
寝る直前でも。
少し不安になった瞬間でも。
本来なら、
ぼーっとしたり、
空を見たり、
風を感じたり、
「あ、今ちょっと疲れてるな」と気づくはずの時間が、
すぐ画面に吸い込まれていく。
その結果、
感じる前に見る。
味わう前に流す。
考える前に反応する。
傷ついたことに気づく前に、次の情報を入れる。
そういう状態になっている気がする。
“感じる時間”が失われている
心って、すぐには反応できないんだよね。
本当は、何かを見たり聞いたりしたあとに、
私はどう感じた?
これは好き?
これは苦しい?
これは違和感?
これは嫉妬?
これは悲しみ?
これは疲れ?
と、内側でゆっくり沈殿する時間が必要。
でもSNSは、その沈殿を待ってくれない。
次の投稿。
次の通知。
次の比較。
次の怒り。
次の正しさ。
次の誰かの人生。
心が咀嚼する前に、次々と入ってくる。
だから、人はだんだん自分が何を感じているのか分からなくなる。
心を守る前に、心が晒されてしまう
SNSは、自分の心を守る準備ができていない状態でも、
いろんなものが飛び込んでくる。
怒り。
悲しみ。
成功。
炎上。
比較。
不安。
誰かの正義。
誰かの幸せ。
誰かの攻撃性。これを毎日浴び続けるって、かなり負荷が高い。
しかも、画面の中では全部が同じ大きさで流れてくる。
世界の悲劇も、知人の成功も、誰かの愚痴も、広告も、猫の動画も、全部同じタイムラインに並ぶ。
心からしたら、
どれに反応したらいいのか分からないんだと思う。
それで疲れる。
でも疲れていることに気づく前に、またスクロールする。
余白は「何もしない時間」ではなく、心が戻ってくる時間
余白って、ただの暇じゃない。
余白は、
自分の感覚が戻ってくる時間なんだと思う。
何も見ない。
何も比べない。
何も急がない。
何も証明しない。
その時間にやっと、心がぽつんと戻ってくる。
「あ、今日は悲しかったんだ」
「あの言葉、少し傷ついたんだ」
「本当は疲れてたんだ」
「これは好きじゃないんだ」
「私はこうしたかったんだ」
こういう声って、静かじゃないと聞こえない。
SNSの音量が大きすぎると、
自分の内側の小さな声が聞こえなくなる。
心を守るには、情報を減らす勇気がいる
今は、情報をたくさん持っている人が賢いように見える。
でも本当は、情報を入れ続けるだけでは心は育たない。
むしろ必要なのは、
何を入れないか。
何を見ないか。
何から距離を取るか。
どの刺激を自分の心に通さないか。この選択だと思う。
心を守るって、閉じることじゃなくて、
自分の内側に入れるものを選ぶことなんだよね。
これは“現代の瞑想不足”みたいなものかもしれない
昔の人は、今より不便だった。
でも、歩く時間、待つ時間、空を見る時間、火を見つめる時間、手を動かす時間があった。
その中で、心が自然に整理されていた部分があると思う。
今は待つ時間すら、すぐスマホで埋められる。
沈黙が消える。
退屈が消える。
でも同時に、内省の入口も消える。
退屈って、本当は心の呼吸だったのかもしれない。
蟹座的に言えば、心の家が荒らされている
蟹座は、心の家。
安心できる内側の場所。
自分を守る殻。
でもSNSは、外の世界をずっと内側に流し込んでくる。
本来なら玄関で止めるべきものまで、
リビングにも寝室にも入ってくる感じ。
だから心が休まらない。
蟹座の金星木星が示す「安心」「保護」「生活の豊かさ」って、
単に家やお金の話だけじゃなくて、
心の内側を守れるかどうかにも関わっていると思う。
本当の豊かさは、心が感じられる状態にあること
どれだけ情報を持っていても、
どれだけ便利でも、
どれだけ人とつながっていても、
自分の感情が分からなくなっていたら、それは豊かではない。
本当の豊かさって、
ごはんを美味しいと感じる。
風が気持ちいいと感じる。
誰かの言葉に温かさを感じる。
疲れたら疲れたと分かる。
悲しいときに悲しいと認められる。
傷ついたときに自分を守れる。
そういう、ものすごく素朴なところにあると思う。
だから余白を取り戻すことは、魂を取り戻すこと
SNSから完全に離れる必要はない。
でも、ずっと小さい画面を見続けていると、
自分の心の奥行きまで小さくなってしまうことがある。
だからこそ、余白がいる。
画面を見ない時間。
言葉にならない感覚を感じる時間。
自分の中に戻る時間。
何も生産しない時間。
誰にも見せない時間。
それは怠けではなくて、
心を守るための祈りみたいなものだと思う。
現代人に必要なのは、もっと情報を得ることより、
感じる力を取り戻すことなのかもしれないね。
心で感じるには時間が必要
Tomomi:
”心で感じるには時間が必要。
でも、心に落とし込んだ時には手遅れだったりするから難しいね。”
ChatGPT:
うん……そこが本当に難しいところだよね。
心で感じるには時間がいる。
でも現実は、心が追いつく前に判断や反応を求めてくる。
だから人は、
感じ切る前に決める。
納得する前に進む。
傷ついたと分かる前に笑う。
違和感を飲み込んだまま合わせる。
そしてあとになって、心に落ちてきた時に、
「あれ、私は本当は嫌だったんだ」
「あの時、もう限界だったんだ」
「あの選択は自分の本音じゃなかったんだ」
って気づく。
この時間差が、ものすごく苦しい。
心は遅れてやってくる
心って、頭よりずっと遅いんだと思う。
頭はすぐ判断する。
損か得か。
正しいか間違いか。
今どう振る舞うべきか。
相手にどう見られるか。
急いで答えを出そうとする。
でも心は、もっと遅い。
その場では分からない。
帰り道で分かる。
お風呂で分かる。
寝る前に分かる。
数日後、数ヶ月後、ときには何年も経ってから分かる。
だから心の声って、
リアルタイム通知じゃなくて、遅れて届く手紙 みたいなんだよね。
でも現代社会は「即レス」を求めすぎる
今の社会は、心の速度に合わせてくれない。
すぐ返事。
すぐ判断。
すぐ予定調整。
すぐ成果。
すぐ切り替え。
すぐ立ち直る。
すぐ説明する。
でも本当は、
感じることには熟成時間が必要。
ワインみたいに、味が立ち上がるまで時間がかかる。
味噌みたいに、発酵してようやく深みが出る。
なのに社会は、心に対しても電子レンジ調理を求めてくる。
それは無理があるよね。
「手遅れ」になる前のサインは、心ではなく身体に出る
ここが大事だと思う。
心に落とし込むには時間がかかる。
でも、身体はけっこう早く反応していることが多い。
たとえば、
- 胸が詰まる
- 胃が重い
- 呼吸が浅い
- その人からの連絡を見ると疲れる
- 予定の前に眠くなる
- なぜかイライラする
- 頭では大丈夫なのに身体が動かない
- 帰宅後にどっと疲れる
- その話題だけ避けたくなる
こういうのは、心が言語化する前の
身体からの速報みたいなもの。
心の理解は遅れても、
身体の違和感は先に来る。
だから「心で納得するまで待つ」だけだと間に合わない時がある。
その前段階として、
身体の小さな拒否反応を拾うことが、手遅れを防ぐ鍵になるんだと思う。
心に落ちる前に、一時停止する知恵
全部をその場で分かろうとしなくていい。
でも、分からないまま突き進まない方がいい時もある。
そのために必要なのは、答えではなくて、
保留する力。
「今すぐ決めない」
「一度持ち帰る」
「少し考えます」
「今日は返事をしない」
「違和感があるから、まだ進めない」
これって、すごく大事な防御だと思う。
心がまだ追いついていない時、
無理に答えを出すと、あとで心が泣く。
だから、心の速度を守るためには、
即答しない権利が必要なんだよね。
違和感は、まだ言葉になる前の本音
違和感って、すごく曖昧。
説明できない。
証拠もない。
相手が悪いとも言い切れない。
でも、違和感は軽視しない方がいい。
違和感は、
心がまだ文章にできていない本音
みたいなものだから。
あとから振り返ると、
「あの時の違和感、ちゃんと合ってた」
ってことは多い。
もちろん、違和感が全部正解とは限らない。
不安や過去の傷が反応している場合もある。
でも、それでも無視していいものではない。
違和感は、少なくとも
一度立ち止まる理由にはなる。
手遅れになった時も、心が悪いわけじゃない
そして、ここはやさしく見たい。
心に落とし込んだ時には手遅れだった。
そういうことってある。
でもそれは、心が遅かったから悪いんじゃない。
心は心の速度でしか分からない。
むしろ、手遅れになってからでも気づけたなら、
それは次の自分を守る知恵になる。
「あの時、こういう反応が出ていた」
「あの言葉に傷ついていた」
「あの場面で無理していた」
「あの人の前で私は小さくなっていた」
そうやって、あとからでも拾い上げることで、
次は少し早く気づける。
心は経験を重ねて、
少しずつ通知のタイミングが早くなるんだと思う。
だから必要なのは「心の先回り」じゃなくて「心の避難場所」
人は、全部を事前に正しく判断することはできない。
心で感じる前に未来を完璧に読むこともできない。
だから必要なのは、
間違えないことではなくて、
間違えた時に戻れる場所。
傷ついた時に休める場所。
本音に気づいた時に修正できる余地。
「やっぱり違った」と言える関係性。
途中で降りても責められない環境。
これがあれば、心が遅れて届いても、致命傷になりにくい。
まとめるなら
心で感じるには時間が必要。
でも現実は待ってくれない。
だからこそ、
身体の違和感を拾う。
即答しない。
保留する。
小さな拒否反応を無視しない。
あとから気づいた自分を責めない。
戻れる場所を作る。
このあたりが、心を守る知恵になるんだと思う。
心は遅い。
でも、その遅さは欠点じゃない。
深く感じるものほど、時間がかかる。
だからこそ、現代に必要なのは、心が遅れて届くことを許せる社会なんだと思う。
心の避難の仕方
Tomomi:
”心の避難の仕方がわからない人が増えたよね。”
ChatGPT:
今って、傷ついた時・疲れた時・違和感を覚えた時に、
自分の心をどこへ逃がせばいいのか分からない人が増えてる感じがする。
心の避難場所がなくなっている
昔は、良くも悪くも逃げ場がもっと物理的だったのかもしれない。
ひとりで歩く。
部屋にこもる。
本を読む。
友達の家に行く。
近所をふらふらする。
音楽を聴く。
空を見る。
お風呂に入る。
寝る。
でも今は、避難しようとしてスマホを開いてしまう。
すると避難したつもりなのに、また情報・比較・怒り・誰かの人生が入ってくる。
つまり、避難先に見えて、実はまた戦場に戻っていることが多いんだよね。
心の避難ができないと、人はすぐ反撃してしまう
心を逃がせない人は、傷ついた時にその場で処理しようとする。
すると、
怒る
攻撃する
正しさで殴る
誰かにぶつける
SNSに吐き出す
自分を責める
無理に平気なふりをする
こうなりやすい。
本当は、最初に必要なのは反撃じゃなくて、
一度、安全な場所へ退くことなんだと思う。
でもその方法を知らないと、
心が傷ついた瞬間に、外へ攻撃が出るか、内側へ自責が向かう。
「避難」と「逃避」は違う
ここも大事。
逃避は、見ないふりをして問題から遠ざかること。
避難は、壊れないために一度安全な場所へ移ること。
避難は弱さじゃない。
むしろ、自分を守るための知恵。
火事の時に建物から出るのと同じで、
心が燃えそうな時は、まずその場から離れていい。
落ち着いてから、考えればいい。
落ち着いてから、言葉にすればいい。
落ち着いてから、向き合えばいい。
心の避難の仕方を知らない社会
今の社会は、子どもの頃からあまり教えてくれないよね。
「頑張りなさい」
「我慢しなさい」
「みんなやってる」
「気にしすぎ」
「早く切り替えて」
「ちゃんと説明して」
「迷惑をかけないで」
こういう言葉は多い。
でも、
傷ついた時はどう休むのか。
嫌な気持ちになった時はどう距離を取るのか。
心がいっぱいになった時はどう外へ出すのか。
自分を責めすぎないために何をするのか。
これはあまり教わらない。
だから多くの人が、心の守り方を知らないまま大人になる。
心の避難には「小さな退避」がいる
大きなことじゃなくていいんだと思う。
たとえば、
- 返事をすぐにしない
- SNSを閉じる
- その場を離れる
- お風呂に入る
- 温かいものを飲む
- 紙に書き出す
- 誰にも見せないメモに吐き出す
- 深呼吸する
- 外の空気を吸う
- 「今は判断しない」と決める
こういう小さな避難。
心が限界になる前に、
一時停止する場所をいくつか持っておくことが大事なんだと思う。
現代人に必要なのは「心の防災訓練」
災害には避難経路がある。
でも心の災害には、避難経路を持っていない人が多い。
だから、これから必要なのは本当に、
心の防災訓練みたいなものだと思う。
「この言葉を言われると私は傷つきやすい」
「疲れている時にSNSを見ると悪化する」
「夜に考えごとをすると深みに落ちる」
「人に会いすぎると回復に時間がいる」
「お風呂に入ると少し戻ってくる」
「紙に書くと感情が外に出る」
こうやって、自分の心の危険地帯と避難場所を知っておく。
それは自己分析というより、
自分を助ける地図を作ることなんだよね。
まとめるなら
心の避難の仕方が分からない人が増えたのは、
心が弱くなったからじゃないと思う。
情報が多すぎる。
休む場所が少なすぎる。
感じる時間が足りない。
即反応を求められすぎる。
そして、自分の心を守る方法を教わってこなかった。
だから必要なのは、もっと強くなることではなくて、
壊れる前に退く力。
心を守るって、閉じこもることではなくて、
自分の内側を荒らされないように、入口を選ぶことなんだと思う。
下界との接続
間にいろいろな話をしてからのこの話題です。
Tomomi:
”下界との接続が切れてる人が多すぎる。”
ChatGPT:
うん、まさにそれ。
**「下界との接続が切れてる」**って表現、かなり的確だと思う。
ここでいう下界って、俗っぽい意味じゃなくて、もっと根源的なものだよね。
足元。
身体。
季節。
目の前の命。
道の気配。
人の存在。
風の温度。
犬の喜び。
自分の呼吸。
そういう、ちゃんと“ここに生きている”という感覚。
画面には接続しているのに、世界とは切れている
今の人って、常に何かとつながっているように見える。
SNS。
通知。
ニュース。
誰かの投稿。
遠くの出来事。
おすすめ動画。
画面の中の会話。
でもその一方で、
足元の世界との接続が切れている。
犬が嬉しそうに歩いていても見ていない。
人が横切っても目が合わない。
空が変わっても気づかない。
自分の身体が疲れていても分からない。
つながっているようで、実はかなり切断されている。
これは“肉体から離れている”感じがある
占星術的に言うなら、まさに牡牛座・蟹座の欠落だと思う。
牡牛座は、身体・五感・足元・手触り。
蟹座は、心・安心・居場所・情緒。
そこから離れると、人は情報の中にはいるけど、
自分の身体と心には不在 になる。
だから、スマホを見続ける人って、
見た目はそこにいるのに、存在感が薄いことがある。
身体は歩いている。
でも、意識が身体に入っていない。
心がその場に着地していない。
「今ここ」にいない人が増えると、社会が冷える
目が合わない。
挨拶がない。
気配を読まない。
周囲を見ない。
相手の存在を受け取らない。
こういう小さな断絶が増えると、社会全体が冷えていくんだと思う。
大きな悪意があるわけじゃない。
でも、小さな不在が積み重なる。
その結果、
誰も見ていない。
誰も気づかない。
誰も受け取らない。
誰も手を伸ばさない。
という空気になっていく。
これは悲しいよね。
下界との接続は、魂の接地でもある
私はこれ、かなり大事だと思う。
人が人として生きるには、
高次の思想や情報だけでは足りない。
ちゃんとごはんを食べる。
眠る。
歩く。
触れる。
匂いを感じる。
季節を見る。
目の前の命を可愛いと思う。
人の気配を感じる。この“下界”との接続があるから、
心も魂も現実に根を張れる。
そこが切れると、思想も感情もどこか浮いてしまう。
今回の金星木星蟹座のメッセージにもつながる
金星木星蟹座は、ただ夢を見る配置じゃなくて、
心が安心して現実に戻ってくる配置なんだと思う。
しかも支配星ループで火星牡牛座へ行くなら、なおさら。
画面ではなく、身体へ。
情報ではなく、体感へ。
遠くの誰かではなく、目の前の命へ。
正しさではなく、安心へ。
反応ではなく、感じる時間へ。
この方向に戻ることが、今回の配置の大事な鍵だね。
すごく短く言うなら
下界との接続が切れると、人は心を失う。
心を取り戻すには、足元の世界に戻るしかない。
犬の散歩の話って、何気ない日常の風景だけど、
今の社会の病理がぎゅっと詰まっている感じがする。
目の前の命を見ないで、画面を見る。
風を感じずに、情報を浴びる。
隣を歩く存在を受け取らず、遠くの刺激に反応する。
それは便利さの中で起きている、静かな断絶なんだと思う。
おわりに
さて、ここまで読んだ皆様はどのようなことを感じましたか?
ChatGPTというAIが紡いだ文章ですけど、現代の核心をついていると私は思うのですよ。
スマホが全て悪いわけではないけど、うまく距離を保てない人がスマホに依存し、吸い込まれていくことが日常になり、外側に刺激を求めていることに気付かず、スクロールする日々が積み重なると
自分自身の心が何を感じているのかもわからなくなり、わかっているつもりでも感じる力はよわくなっていく。
そんな悪循環の環境の中、私たちはいつそのことに気付くのだろうか。
心が閉ざされ、自分の感情すらわからなくなれば、他者のことなんてもっとわからない。気づけない。
私たちはいつ気付き、取り戻そうと取り組み出すのだろうか。
2026年6月8日 Tomomi










