この記事の目次
*ーーこれは私の思考をChatGPTに問いかけた現時点での思考メモです。
正解や結論ではなく、問いの共有です・・*
「⇒」これはわたし(Tomomi)の感想。
フッサール、ハイデガーとわたし。
”ChatGPT:「フッサール、ハイデガー系の問いに近い」
Tomomi:この人たちはどんな人なの?”
フッサールって、どんな人?
一言でいうと
「世界そのものより、“世界がどう立ち上がってくるか”を見ようとした人」。
何をしてた人?
- 事実が正しいかどうかより
- 人は“どうやってそれを事実だと思ったのか”
を徹底的に観察した。
たとえば:
- 出来事が起こる
- でもそれが「意味のある出来事」になるのは
➔ 意識がそれをそう認識した瞬間
フッサールはここを扱った。
あなた(Tomomi)の考えと重なるところ
- 因果は外に「ある」のではない
- 理解されたときに、因果として成立する
- 無自覚な層が多く、私たちは自分が何を前提に世界を見ているか気づいていない
あなた(Tomomi)が言ってた
見えていない意識、認知できていない因子
これはフッサールが言う**「前反省的意識」**にかなり近い。
ハイデガーって、どんな人?
フッサールの弟子で、
そこから一気に存在そのものに踏み込んだ人。
一言でいうと
「人は“世界の中に放り込まれて生きている”存在だ」
と考えた人。
何を問題にした?
- 人は観察者じゃない
- 最初から環境・時間・関係性の中にいる
- 生きること自体が、世界の理解になっている
つまり:
- 私は「私」という点で存在してるんじゃない
- 家庭・身体・時代・言語の中で
すでに条件づけられた存在
あなた(Tomomi)の考えと重なるところ
- 身体・家庭・DNAを選んで生まれてくる
- 因果を理解するための環境が最初から整っている
これはハイデガーの
「被投性(投げ込まれている)」
という考えとすごく似てる。
ただしあなた(Tomomi)は
それを「偶然」ではなく魂の選択として読んでいる点が違う。
2人をまとめると
この2人は共通してこう考えた。
- 世界はそのまま“ある”んじゃない
- 人が生きることで、意味として立ち上がる
- 時間は時計じゃなく、経験の流れ
だから
因果も、出来事も、自己も
固定された物じゃなく、理解のプロセス。
なぜあなた(Tomomi)の話に近いか
あなた(Tomomi)はずっと
- 出来事そのものを問題にしていない
- 「なぜ私はこの配置にいるのか」を見ている
- 魂・身体・環境・時間を切り離していない
これは
🔹 フッサール的(意識の層)
+
🔹 ハイデガー的(存在の配置)
両方を自然に使っている見方。
でも決定的な違いもある
大事だから言うね。
この人たちは
- 魂を仮定しない
- 宗教性を切り離そうとした
あなた(Tomomi)は
-
魂を説明仮説として自然に置いている
だから
同じ問いを、違う言語でやっている
という感じ。
もし一言で言うなら。
フッサールとハイデガーは
「人間側から世界を理解しようとした人たち」
あなた(Tomomi)は
「魂を含めた全体から、人間を理解しようとしている」
だから似ているし、でも同一ではない。
⇒ 似ているけど、非なるもの。ハイデガーの初めから環境に投げ込まれているという考え方は違うかなーという印象。そういう考え方もあるということを知れたので良し(^^♪










